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2024年8月24-25日は琵琶湖でmaikyさんと採集しました。
詳細は写真掲示板へ書きました。1箇所目はウナギとイワトコタニシ狙い。どちらも捕れず。
2箇所目はウナギ狙い。3箇所目はイワトコ狙いで、初めての場所でカワニナも捕ります。
10分ほど水深5~8m潜りしていると、岩に張り付くイワトコを見つけ、捕ることが出来ました。

maikyさんを案内しようと移動。だいぶ沖でライトが光っている。泳いで近付く。
何かを手渡しされる。典型的なイワトコでした。やったーっ。今捕れたそうです。
水深10mにいたとか。あの感じだと水深10mよりも深い場所かもしれません(凄)。

少々気がかりなのは、水温躍層がほぼ無いことです。10mもほぼ無かったそうです。
例年だと0-2m(30℃)、3-4m(28℃)、5-6m(26℃)と下がるけど、今年は0-6m(30℃)です。
湖岸近くに生息する高水温に弱い生物は、地球温暖化で死滅しているかもしれません。
というのも、2015年を最後に捕れず、報告もない生物がいるのです。絶滅したかも。

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左が西村、右がmaikyさんが捕ったイワトコ。Hirano et al., 2019の個体によく似ている。
イワトコと同所的にイワトコもいました。次はイワトコとイワトコを並べて撮りたいなぁ。

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上陸して着替えようとしたとき思い出す。カワニナ捕りしてなーい。
今更戻るのも億劫なので終了。画像は動画の切り抜きですが、カワニナはたくさんいました。
川蜷採集はしていませんが、このカテゴリーにしておきます。お疲れ様でした。
動画 https://youtu.be/dmfwxjICxm0

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2024年8月10-11日は京都府でヤマノカミ君と採集しました。
ナカセコカワニナとハベカワニナの模式産地の特定は、カワニナ類に強い興味を持ち始めた、
2010年春から私を悩まし続けるものでした。今年2月もようやく真模式産地を特定したと思い、
ヤマノカミ君と林さんのお蔭で、命懸けで宇治川へ潜りましたが、ここは間違いでした。

始めにナカセコカワニナの原記載論文ですが、和文で簡単に新種記載されています。
重要なのは189ページのナカセコカハニナ(新稱)ですが、模式産地や模式標本を記しておらず、
読む側が推測するしかありません。模式産地は「宇治川(中瀨古, 黑田, 福岡),
山科疏水(黑田, 福岡).」という記述と、図(193ページ)が南郷(宇治川上流).(福岡氏)と
宇治(宇治川)の2つしかないことから、山科疏水ではないと強く否定できます。
南郷(実際は瀬田川)は、献名者(中瀨古氏)と新種記載者(黑田氏)ではない福岡氏なため、
こちらも否定できます。ということで、模式産地は宇治(宇治川)だと確信を持てます。
模式標本は3つ(シンタイプ)で、さわだ君らの調査だと行方不明だそうですが、
宇治川で広く見られる定型的な殻形態をした、ナカセコの成貝だと思われます。


それでは宇治(宇治川)のどこが模式産地なのかです。
私が初めて知ったのは、日本産淡水貝類図鑑(1)で、ナカセコの模式産地として、
宇治橋左岸上流あたりの写真が掲載されていました。現地の近くに立て看板もあったので、
疑うことは無かったです。しかし、宇治橋左岸上流の出典や根拠を探しても見つからない。
同じ著者の紀平氏がご執筆された、日本の希少な野生水生生物に関する基礎資料(Ⅲ)には、
「宇治橋付近が模式産地とされている」とある。されているという意味からして、
出典はあるばずですが見つけられず。悠久の流れと景観を未来に託すという資料には、
「宇治橋左岸付近を模式産地として」という記述と、51ページの地図で断定されているが、
150mくらいの割と広い範囲でした。例えば黑田氏などに教えてもらっていたならば、
もっと絞れないものだろうかと想像しました。紀平氏説は確証が持てないと思いました。

カワニナ属3種の核型の再検討で高見氏は、京都府宇治川左岸(34°53´11˝N,
135°48´48˝E)としていますが、出典が原記載論文で、こちらも根拠に乏しいと思います。

重要な手掛かりはハベカワニナを新種記載したDavis, 1969です。抜粋と翻訳。
「Station 8 (Text Figs. 2 and 3). Types of Semisulcospira habei; Topotypes of
S. nakasekoae.
Kyoto administrative district, Uji City, Uji River, 24 July 1965 and 9 November 1965.
Snails were collected from both sides of the river opposite the railway station of
Uji and from the banks and on stones in the rapids at the eastern edge of Togashima,
an island in the middle of the river. Topotypes of Semisulcospira nakasekoae were
collected from the rocks in the rapids and from rocks in the shallow quiet water of
the western bank of the river. S. habei, new species, was collected from rocks and
the embankment of the eastern shore of the island.」
「地点8 (本文図2と3)。Semisulcospira habei のタイプ、S. nakasekoae のトポタイプ。
京都府宇治市、宇治川、1965年7月24日と1965年11月9日。宇治駅の対岸の川の両岸と、
川の中央にある島、Togashima東端の瀬の岸と石から巻貝が採集された。Semisulcospira
nakasekoae
のトポタイプは、瀬の岩と川の西岸の浅く静かな水域の岩から採集された。
新種の S. habei は、島の東岸の岩と堤防から採集された。」

Davis氏はナカセコのトポタイプを、Togashima東端の西岸で捕ったとしています。
トポタイプとは担名タイプ(ナカセコのシンタイプ)と同産地で捕った標本のことです。
Togashimaとはどこか。塔ヶ島=塔の島(塔ノ島)のことではないでしょうか。
ヶとの(ノ)は連体助詞で、塔がある島という意味で、塔ヶ島と塔の島は同じと解釈できます。
鬼ヶ島と鬼の島は同じ意味だと思います。現地の人は塔ヶ島って呼んでいたかもしれません。
そう結び付けるのも根拠があって、当時の航空写真と記述の地形がそのままだからです(後述)。

Togashima=塔の島は、読んだ時にすぐにわかりましたが、東端で混乱しました。
現在の塔の島に東端と思われる場所はありません。瀬(急流)も近くには無いです。
この記述は信用できるのか疑問で、一旦頭から消してから地点8を確認します。
そうすると塔の島よりも2kmほど下流に矢印があります。京滋バイパスすぐ上流でした。
ここがナカセコ(ハベも)の模式産地に違いないと思い、本文は何年も無視していました。
その後に他の論文などでも、京滋バイパスあたりの採集個体を使われているのを見て、
模式産地は特定したと安心していました。数箇月前に改めてDavis, 1969を見ると、
図に今は埋め立てられた大中湖がある。ハッとしました。1965年の塔の島を確認せねば。

国土地理院に1967年5月15日がありました。こちらの16ページ(昭和42年)は濃くて見やすい。
1965年の2年後なのは考慮しないといけませんが、1967年の塔の島には東端があったのです。
そこには瀬の岸の石、西岸の浅く静かな水域、島の東岸の岩と堤防、全てありました。
少なくともDavis氏が新種記載したハベは、島の東岸の岩と堤防で間違いありません。
現在は一部が埋め立てられています。それではナカセコは西岸の浅く静かな水域なのか。
これは慎重な検討が必要です。Davis氏がトポタイプと記述していても、合っているのかです。

Davis氏は波部氏に多く助けて頂いているようで、ナカセコについても同様だと思います。
原記載論文の日本語を正確に読めたとも思えませんし、採集場所やトポタイプの言及は、
波部氏の助言からだと思います。波部氏はおそらく黑田氏から教えてもらったのでしょう。
勝手にストーリーを妄想すると、ナカセコの模式産地を黑田氏→波部氏→Davis氏と伝え、
Davis氏は塔の島東端の西岸の浅く静かな水域へ行きました。ナカセコが捕れました。
ついでに、東岸の岩と堤防へ行ってみました。ナカセコじゃないのが捕れました。
それが当時は未記載種だったハベ。そして波部氏への謝意で献名ではないかなと。

真相に辿り着いた気になりましたが、それでは紀平氏はなぜ宇治橋左岸付近としているのか。
黑田氏や波部氏に教えてもらわなかったのでしょうか。私ならばすぐ訊いちゃいます。
私は30年ほど前に大阪市北区堂島にある淡水魚保護協会(青泉社)へ年に数回ほど、
何かと理由を付けて木村英造氏へ会いに行っていました。その時に理事だった紀平氏が、
事務所によくおられました。ほとんど話をされた姿を記憶していません。
魚類自然史研究会でも何度かお会いしましたが、会話をした記憶はありません。
ようするに、ナカセコの模式産地ってどこですか。って訊いていないかもしれません。
もしも、教えてもらっていたら「模式産地とされている」とは書かないでしょうし、
黑田氏や波部氏に教えてもらったことを、根拠として書くのではないでしょうか。

Davis, 1969には気になる記述がまだ残っています。宇治駅の対岸の川の両岸です。
対岸の川の両岸が意味不明です。どこの川でも対岸に両岸なんて無いからです。
宇治駅からは線路が対岸へ続いています。その両側の岸という意味ではないでしょうか。
この場所へ行くには通常は宇治橋を渡ります。紀平氏の宇治橋左岸付近という説は、
宇治駅の対岸のどこかということで、宇治駅の対岸→宇治橋左岸付近→宇治橋左岸上流、
と移行したのかも。曖昧な表現や範囲が広いのは、これで説明がつく気がします。

某氏はナカセコの模式産地は不明なので、天ヶ瀬ダムから京滋バイパスまで、
広く模式産地としておけば良いではないかという意見です。それもありだとは思いますが、
京滋バイパスまでは間違いだと思います。ナカセコ記載論文は1929年ですが、
当時に宇治市は無く、宇治と言えば宇治上神社のある、久世郡宇治町だと思われるからです。
京滋バイパスは久世郡槇島村にあるため、宇治ではなく槇島とされるはずです。

ハベの模式産地は特定できたと思いますが、ナカセコはまだグレーです。
ただ、塔の島東端の瀬から西岸の水域が、現状では妥当性が高いのではないでしょうか。
暫定的にナカセコの模式産地としておきます。この宇治川の派川は塔の川と呼ぶようです。
採集記事なのに序論が異様に長いけど、自己満足の妄想を垂れ流しただけです。

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ということで、ナカセコとハベの模式産地へ、ヤマノカミ君と採集へ行きました。
ナカセコの模式産地はたくさんいました。写真左の下3つがきっとトポタイプでしょう。
ハベの模式産地は3時間近く(集中していたのは2時間くらい)、2人で頑張りましたが、
成貝1+幼貝1+陸死成貝2だけでした。写真左の上3つは、ナカセコ、陸死成貝、幼貝。
写真右は唯一捕れた成貝(胎殻は出ず)です。ここまで少ないとは思いませんでした。
風前の灯火です。主要生息地は上流にあって、流れ落ちて来たのでしょうか。

天ヶ瀬ダムの放水量によって、増水と減水が激しい場所で、岸にはナカセコの死体が多数。
殻はあまり多くなく、ほとんどは蓋を閉じていて、太陽で石焼きなっている感じでした。
その中を探すもハベは陸死成貝2だけ。ここでトポタイプを捕るのは難しいですよ。
それとは別に減水しないと入れないのと、その時でも水難事故になる危険性は高めです。
これを見て捕り行く人がいるかもしれないので、一応注意喚起しておきました。

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別の場所です。綺麗なカワニナ種群が捕れました。ヤマノカミ君お疲れ様でした。
今回の採集でご助言を下さった方々、ありがとうございました。お陰様で捕れました。

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2024年8月3-4日は琵琶湖でふしあな(旧まふゆのうじ)君と採集しました。
1箇所目、海パン、19:59~21:01(1時間2分間)、697m遊泳。目的はふしあな君の希望で、
イワトコタニシの撮影と採集です。私はサポートついでにカワニナ採集。
左からトキタマカワニナ、オオウラカワニナ、モリカワニナ、イボカワニナ。

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ふしあな君はイワトコタニシの撮影と採集が出来ました。これもS君のお蔭です(謎)。
2箇所目は私だけうな潜り。ふしあな君はオオタニシ捕り。殻しかなかったそうです。

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3箇所目、海パン、23:43~00:25(42分間)、885m遊泳。目的はふしあな君の希望で、
ナガタニシの撮影と採集です。私は離れて素潜り。2回深潜りで1個体くらいいました。

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私の捕ったナガタニシ3とヒメタニシ1を除いて、他はふしあな君の成果です。
ヒメタニシ2、ニセマツカサガイ琵琶湖型2、タテボシガイ2までは良いとして、
カワニナ類はケショウカワニナかシノビカワニナかよくわからない。
この場所は大変なことがありましたが、ここに書ける内容ではないために割愛。
私の長期記憶へ保存されました。動画 https://youtu.be/rjZ50YfOpgo

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2024年7月21日は琵琶湖でmaikyさん、さわだ君、西村で採集しました。
今回の目的は某貝です。10~15年前は普通にいたのだけど、近年は全く捕れない。
文献も2015年度を最後に報告がなさそう。ネットでも捕っている人がいないようだ。
私やささき君の下調べで、過去に捕れた場所を探すも、捕れないので絶滅寸前なのかも。

当日にささき君は残念なことに体調不良で不参加。1箇所目、maikyさんと西村が採集。
過去に某貝がいた場所だが、環境が変わってしまって、今後も回復が見込めない。
2箇所目、海津漁港でさわだ君とおはよう。極めて貴重な貝などを拝見(感謝)。
3箇所目、イボとトキタマなどの交雑が多そうな場所(写真)。4~5箇所目も同様。

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6箇所目、ドブシジミやヒラタビルなど。

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7箇所目、過去に某貝を捕っている場所。捜索範囲を広げて調査。
海パン、13:06~13:57(51分間)、310m遊泳。やっぱり海パンはとても潜りやすい。
写真はさわだ君の成果。これでも採集数は抑えているようです。研究に必要だからね。

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8箇所目、こんなところにクロダカワニナがいて驚きました。
写真はイボカワニナ、タテヒダカワニナ、カワニナ種群です。
ここでさわだ君とはお別れ。遠路はるばる大変にお疲れ様でした。
9箇所目、海パン、17:49~18:35(46分間)、491m遊泳。maikyさんと本気潜りで、
某貝を狙うも捕れず。海パンの楽々潜りで、水深10mに達していたかも。

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7箇所目で私はカワニナ類を2個体(左写真)だけ採集していました。
左がカゴメカワニナ、右がアザイカワニナだと思って、さわだ君にも見せて同意。
縦肋数などもアザイの方に入ると思うが、胎殻を確認したら紛うことなきカゴメでした。
アザイの記載者と献名者の両方ともが誤同定。普通の人がこんなの同定できるわけがない。
生体同定は難しく、茹でて胎殻を確認する人は限られるので、カワニナ離れは進む一方です。

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2024年7月13日未明は琵琶湖で採集しました。
1箇所目で着替えて道路へ出ると、ロードキルされたシロマダラがいました。
死んで間がない感じだけど、私が轢いてないよね…。暗色帯が太く明瞭です。

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1箇所目、00:40~02:00(1時間20分間)、1090m遊泳。動画 https://youtu.be/HVYM3nnbiM8
左からトキタマカワニナ、シノビカワニナ、オオウラカワニナ、アザイカワニナだと思う。

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2-3箇所目は潜らず胴長で採集。左はイボ?イボ×トキタマ?よくわかりません。
右はもっとよくわかりませーん。一番楽な片付け方はオオウラとイボ。

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3箇所目の胎殻。ヤマト系(ヤマト、トキタマ、チクブ、コンペイトウ、クロ、タテジワ)は、
暗色帯が太く明瞭です。他のカワニナ類はそれが無かったり細かったり不明瞭です。
トキタマ(トポタイプ) https://tansuigyo.net/a_biwae/c/18-301-20170815.jpg です。

左上から右下まで、暗色帯が太く明瞭な順に並べてみました。
【左上】親殻はイボ、胎殻は暗色帯が太く明瞭、ヤマト系なのかぁ。不一致すぎる。
【中上】親殻はトキタマ、胎殻は暗色帯が細く明瞭、中途半端な感じ。
【右上】親殻はイボとトキタマの中間的、胎殻は暗色帯が細く不明瞭、交雑かも。
【左下】親殻はヤマトで少し縦肋は多め、胎殻は暗色帯がほぼ無い、なんやこれ。
【中下】親殻はイボ、胎殻は暗色帯がほぼ無い、これはイボで良いでしょう。
【右下】親殻はイボ、胎殻は暗色帯がほぼ無い、右上と色違いみたいな感じで似ている。

さて、これらをどう同定しましょうか。親殻か胎殻かどちらに重きを置くかですね。
これらの個体は約2×4m、水深約0.3m、礫底のほぼ同所で、無作為に徒手採捕しました。
通常そうしたハビタットは1(~3)種類が多数います。この場所はおそらく複数の種類が、
ぐちゃぐちゃに交雑して、色々な特徴を現わしているのではないかと思っています。
要素として強いのはイボとトキタマですが、ヤマトやアザイ?もいるっぽいです。
この集団をどう片付けると正解に近いのか。諦めてエイヤー同定するしかないです…。

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