カワヒガイ or ビワヒガイ





同物異名と考えられるため同定は不可能

カワヒガイ Sarcocheilichthys variegatus variegatus (Temminck and Schlegel, 1846) と ビワヒガイ Sarcocheilichthys variegatus microoculus Mori, 1927 の同定は極めて難しく、 頭が痛くなることもしばしばでした。そこで当ページを作りました。


上の画像は2003〜2013年に掲載していたものです。「日本産魚類検索2」に従い、尾柄高/頭長の割合で、 49%以上(カワヒガイ)か49%未満(ビワヒガイ)だけを拠り所に、同定を試みていました。 伊勢湾周辺(濃尾平野・伊勢平野)産は両者のどちらか明瞭に分かれ、尾鰭の切れ込み具合などの傾向的な特徴とも合致し、使える形態形質だと思っていました。 しかし、「写真掲示板」にご投稿下さった写真や、 インターネットや文献等で近畿・中国・九州産の写真を見ると、分布的にはカワヒガイにも関わらず、 ビワヒガイと思われる写真が多くありました。これは移入のビワヒガイなのか、それともカワヒガイとビワヒガイの交雑なのか、混乱するようになりました。 それには理由があったのでした。



日本産ヒガイ属

コイ科 Cyprinidae
└カマツカ亜科 Gobioninae
   ヒガイ属 Sarcocheilichthys
       ヒガイ(種) Sarcocheilichthys variegatus (Temminck and Schlegel, 1846)
      │├ アブラヒガイ型 Sarcocheilichthys variegatus f. biwaensis Hosoya, 1982
      │├ ビワヒガイ型 Sarcocheilichthys variegatus f. microoculus Mori, 1927
      │└ カワヒガイ型 Sarcocheilichthys variegatus f. variegatus (Temminck and Schlegel, 1846)
       ヒガイ伊勢湾周辺種 Sarcocheilichthys sp.
科名 亜科名 属名 種小名 個体群名 命名者名 命名年
従来日本のコイ科魚類(1969年)2種2亜種記載(1982年)遺伝(2013年)当サイト内
ヒガイ種  ヒガイ種(琵琶湖産)
  正常の体色のもの
 │├ 短頭型(トウマル)
 │├ 正常型(普通のヒガイ)
 ││├ 内湖型
 ││└ 外湖型
 │└ 長頭型(ツラナガ)
  異常の体色のもの
      黄褐色のもの(アブラヒガイ)
      淡紫褐色のもの(カマドヒガイ)
 アブラヒガイ種 ヒガイ種
 (琵琶湖・近畿・中国・九州産)
 ヒガイ種 アブラヒガイ型ヒガイ類
 ヒガイ種 ビワヒガイ亜種 ビワヒガイ型
 カワヒガイ亜種 カワヒガイ型
 未記載種? (伊勢湾周辺産) ヒガイ伊勢湾周辺種
日本産ヒガイ属は従来ヒガイ種だけとされていましたが、 琵琶湖産は形態的な変異が著しく、1969年に諸型が報告されました。 その中から1982年に、黄褐色のもの(アブラヒガイ)をアブラヒガイ種として新種記載され、 それ以外の琵琶湖産はヒガイ種ビワヒガイ亜種とし、琵琶湖産以外はヒガイ種カワヒガイ亜種として分類されました。 ちなみに、淡紫褐色のもの(カマドヒガイ)は、アブラヒガイ種とヒガイ種ビワヒガイ亜種の交雑に酷似するようで、 これで1969年の諸型が全て解決したかのように思われました。 しかし、2013年に遺伝的な研究により、アブラヒガイ種、ヒガイ種ビワヒガイ亜種(琵琶湖産)、ヒガイ種カワヒガイ亜種(近畿・中国・九州産)の2種2亜種は1種に収まり、 カワヒガイ亜種(伊勢湾周辺産)はそれらとは大きく分化し、別種の可能性が示されました。

すなわち、日本産ヒガイ属はヒガイ種(琵琶湖・近畿・中国・九州産)と未記載種?(伊勢湾周辺産)の2種ということです。 この2種の形態的差異は、まだ報告されておらず、分類学的な精査が必要で、遺伝子を調べたら2種でしたという現段階です。 ただ、1982年の通りにアブラヒガイ、ビワヒガイ、カワヒガイという分類は無理があります。 そこで当サイト内では、ヒガイ種(アブラヒガイ型・ビワヒガイ型・カワヒガイ型)と、ヒガイ伊勢湾周辺種の2種3型として整理しました。 分類学的な未確定に配慮して、アブラヒガイ、ビワヒガイ、カワヒガイという3型の表記を残しましたが、種類としての意味は持ちません。

カラーバリエーション
これは何ヒガイ? キイロヒガイ? アブラヒガイはヒガイの色違い。ヒガイは吻部の形状と色彩が多様。

アブラヒガイとは何だったのか。カラーバリエーションだと思います。 アブラヒガイと呼ばれている中にも、暗褐色(模式標本)、黄褐色(油紙色)、金色、緑褐色、灰色など様々です。 背鰭の黒色縦帯や体側斑紋が無い個体は、他のヒガイ類でも見られます。 琵琶湖淀川水系でヒガイ類はたくさん見ましたが、様々な色彩が存在していました。 それらは漸移するように思えます。ヒガイ類の変異幅は広いのです。 この変異幅が他産地のヒガイ類の放流や、遺伝的多様性に配慮しない繁殖個体の放流などによって、失われないこと願っています。

ヒガイ or ヒガイ伊勢湾周辺種
ヒガイ ヒガイ伊勢湾周辺種

前述のように日本産ヒガイ属は2種ですが、形態的な違いはまだ分かっていません。 鰭軟条数や側線鱗数などの計数形質は、ほぼ変わらないと思われます。 それでは遺伝子と分布でしか同定できなくなりますが、伊勢湾周辺(濃尾平野)で形態からヒガイと思われる個体を採集しています。 その識別基準は、これまで通りの尾柄高/頭長の割合で、49%以上(ヒガイ伊勢湾周辺種)か49%未満(ヒガイ)。 それに加えて、ヒガイよりもヒガイ伊勢湾周辺種は、 胸鰭長がやや短い、背鰭・腹鰭・臀鰭の起部がやや前方にある、雄の婚姻色は尾鰭両葉が桃色(ヒガイは橙色や暗色)などです。 これらは正判別率の検証を行っていないため、あくまで参考に留めて下さい。


参考・引用文献 ※不備がある場合は改めますのでお手数ですがご連絡ください。
□ 日本のコイ科魚類 中村守純 資源科学研究所 1969
□ Hosoya, K (1982) Classification of the cyprinid genus Sarcocheilichthys from Japan, with description of a new species. Japanese Journal of Ichthyology, 29: 127-138.
□ 日本産魚類検索 全種の同定 第二版 中坊徹次編 東海大学出版会 2000.12.20
□ 日本産魚類検索 全種の同定 第三版 中坊徹次編 東海大学出版会 2013.2.26
□ 日本の希少な野生水生生物に関する基礎資料 V 社団法人日本水産資源保護協会 1996
□ 日本水産資源保護協会 日本の希少な野生水生生物に関するデータブック(水産庁編) 日本水産資源保護協会 1998
□ Komiya, T., S. Fujita and K. Watanabe. 2011. A novel resource polymorphism in fish, driven by differential bottom environments: an example from an ancient lake in Japan. PLoS ONE, 6: e17430. Doi:10.1371/journal.pone.0017430.
□ Komiya, T., S. Fujita-Yanahibayashi and K. Watanabe. 2013. Multiple colonizations of Lake Biwa by Sarcocheilichthys fishes and their population history. Environ Biol Fish. DOI 10.1007/s10641-013-0176-9.