●はじめに
日本産淡水魚には多くの種類がいます。
種類を知るにはミナミメダカとドジョウのように、
髭があるなしのような簡単な違いから、鰓蓋を開いて鰓耙を数える必要がある難しいものまであります。
またスナヤツメ北方種やスナヤツメ南方種のように、形態形質では区別できず遺伝子を調べる必要もあります。
これら種類を識別して明らかにすることは「同定」と言います。
本来は模式標本と記載論文を確認する必要がありますが、一般的には簡易的に図鑑を利用します。
ここでは出来るだけ区別しやすい特徴だけ取り上げています。
内容の正誤に関して責任を持てませんので参考程度に捉えて下さい。
種類には交雑集団や中間的なものがいたり、明確に分類できない場合もありますし、
種・亜種より小さい差である地域集団まであります。
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●決定的と傾向的な特徴
決定的な特徴 | 傾向的な特徴 |
口髭がある or 口髭がない
側線が完全 or 側線が不完全
背鰭が腹鰭より前 or 背鰭が腹鰭より後
臀鰭9軟条 or 臀鰭10軟条
鰓耙数92以上 or 鰓耙数73以下
下顎が突き出る or 上顎が突き出る
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腹鰭に白線がある or 腹鰭に白線がない
体側に斑紋がある or 体側に斑紋がない
顔がやや丸い or 顔がやや尖る
体高比19%以下 or 体高比20%以上
淡水域にいた or 汽水域にいた
西日本で捕れた or 東日本で捕れた
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図鑑を見ると様々な種類の特徴が記されています。
その中には「決定的」と「傾向的」の2つの特徴があります。
決定的とは口髭の有無など、個体の状態で変化がない特徴です。
傾向的とは体形が細いか太いかなど、個体の状態で変化がある特徴です。
傾向的な特徴は不安定で特に色は変化と変異が大きいです。
例えばヌマムツとカワムツ。図鑑に胸鰭の先が赤いのがヌマムツとある。
これは赤くないのでカワムツだ。
確かに赤いヌマムツは多いですが、赤くならないものがいます。
傾向的な特徴も数を揃えれば、その種類である確率は高まりますが、同定とは言えません。
図鑑やネット画像と絵合わせで睨めっこしても埒が明かず、
決定的な特徴を確認しない限りは誤同定を誘発します。
まずは決定的な臀鰭分岐軟条数(ヌマムツ9本,カワムツ10本)を見ることです。
手で臀鰭を開いて何本あるか数えるだけです。
それだけで無駄に悩む時間と、間違いを起こさなくて済みます。
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●ノギス
魚の長さは2点間の距離を測るため、ノギスやディバイダーを使います。
ディバイダーは生魚が暴れると傷を付けやすいためノギスが良いでしょう。
例えばマハゼの体長を定規やメジャーで測ろうとすると、
お腹の辺りで膨らんで平面ではないため、2点間の距離が正確に測れません。
そこでノギスが必要になります。100円均一で買えますので1本あると便利です。
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●形態形質で同定できないニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴ
バラタナゴ Rhodeus ocellatus という種は、ニッポンバラタナゴ R. o. kurumeus と
タイリクバラタナゴ R. o. ocellatus の2亜種に分類されています。
多くの図鑑では、腹鰭前縁部の白色帯の有無で、両者が区別できるとしていますが、それを否定する内容の学術論文も少なからず出ています。
私はある研究者に岡山県産の白色帯が無いバラタナゴの同定をお願いしました。
その返答は「外部形態のみで両者を見分けられる人はこの世の中にはいない」というものでした。
そのバラタナゴはある機関で飼育され、夏に白色帯が現れたそうです。
濃尾平野でも白色帯が無かったり、発色の弱い個体が冬場によく見られます。単純に白色帯の有無だけで判断することは出来ません。
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腹鰭前縁部の白色帯 | 無 | 有 |
ニッポンバラタナゴ | | |
交雑 | | |
タイリクバラタナゴ | | |
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側線有孔鱗数 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
ニッポンバラタナゴ | | | | | | | | |
交雑 | | | | | | | | |
タイリクバラタナゴ | | | | | | | | |
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次に両亜種の違いとして側線有孔鱗数があります。これも上表のように決定的な特徴ではないことが分かっています。
詳しくは「日本水産学会誌 74(6)」に記されています。「日本の希少淡水魚の現状と系統保存」では、
大阪府Y市のニッポンバラタナゴとされるものに、側線有孔鱗数が左右5枚あったり、無いにも関わらず交雑個体が検出されています。
腹鰭前縁部の白色帯も交雑個体に有るものと無いものがあるようです。
おいかわ丸さんによると、九州ではバラタナゴを20個体捕って、側線有孔鱗数が全て0だった場合は、
ほぼニッポンバラタナゴ集団だと言えるようですが、1個体を同定することは不可能なようです。
このように形態形質で同定することは出来ないと言えますが、
河村功一さんによると両亜種の遺伝子は大きく異なり、両亜種と交雑の3つを識別することは出来るそうです。
ニッポンバラタナゴの生息地とされてきた地点では、何れもタイリクバラタナゴとの交雑と思われる個体が確認されており、
危機的な状況にあるようです。詳しくは「Kawamura et al.(2001)」に記されています。
「魚類学雑誌54巻2号」によると奈良県でニッポンバラタナゴだけの生息地が見つかっているようですが、
こうした例外を除いて、ニッポンバラタナゴの生息地とされているからと言って、そこで捕れたバラタナゴが全てニッポンバラタナゴとは限りません。
安易な放流によって多くの種類が本来の分布域以外に広がっているため、
ニッポンバラタナゴの分布しない東日本で捕れたバラタナゴだから、タイリクバラタナゴと同定することも出来ません。
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このようにニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ、交雑の3つは、1個体ずつ遺伝子を調べないと識別できないため、
川でバラタナゴを捕ったり釣ったりして、その場で「これはタイリクバラタナゴだ」と同定は出来ないのです。
そんなものを亜種として良いのかという問題もあるでしょうが、
人が形態形質の違いをまだ見出していないだけで、遺伝子は大きく異なることからバラタナゴは2亜種だと言えます。
それでは1個体ずつ遺伝子を調べることが出来ない場合はどう扱えば良いのでしょう。
亜種まで言及せずバラタナゴとするか、バラタナゴ(属)の一(亜)種が適当かもしれません。
しかし、腹鰭前縁部の白色帯や側線有孔鱗数という傾向的な特徴から、
タイリクバラタナゴに近いようであれば、同定できないことが普通なため、タイリクバラタナゴで良いと思います。
ただし、ニッポンバラタナゴと思った場合は、いらぬ混乱を招く恐れがあるため、即断せず曖昧にされることをお奨めします。
採集調査での同定記録は、後に第三者が再検証できるように、エタノール標本を残すことも必要でしょう。
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