ネムリミミズハゼ
日本の汽水・淡水魚類は約700種類。
その中で完模式標本以外に記録がないのは、同物異名(シノニム)を除いてたった1種類。それがネムリミミズハゼ Luciogobius dormitoris Shiogaki and Dotsu 1976 です。
1971年9月1日に臼杵市佐志生港に注ぐ佐志生川の感潮域で採集された1個体に基づき、
新種として1976年に記載されました。
それから44年(記載後39年)間に1個体も記録がありません。
|
レッドデータブック
環境省版レッドリスト(2013)は情報不足(DD)で、レッドデータブック(2014)には「追加標本は得られていない」とあります。
大分県版レッドデータブック(2011)は情報不足(DD)です。
すなわち、1976年の記載論文以外の情報がなく、よくわからないのです。
環境省レッドリストにある「絶滅EX」の定義は「情報量が少ないもの 過去50年間前後の間に、信頼できる生息の情報が得られていない」です。
ネムリミミズハゼは情報量が少なく、44年間も信頼できる生息の情報が得られていません。次期のレッドリストで絶滅EXとされても不思議ではありません。
|
幻の魚
こうした完模式標本以外に見つからない種類は、しばしば同物異名として片付けられます。
例えばイドミミズハゼの変異個体を、新種だと間違えてネムリミミズハゼとしたのではないか。
こうした説が流れだすと、いつの間にか図鑑から消えていきます。
実際に環境省版レッドデータブック(2003)では
「従来、イドミミミズハゼとして報告されている長崎県大村湾産の標本はネムリミミズハゼと類似の特徴を持つ。本種の分類の再検討が必要である」とあります。
こうした状況で記載後39年間も、よく生き残ったものです。こんな幻の魚が他にあるでしょうか。
|
|
2015年04月02日 |
淡水魚写真図鑑のイドミミズハゼは、複数種が含まれていることは分かっていましたが、
そのうち1種がイドミミズハゼO型だと思い、
Kさんにお願いして長崎県大村湾産イドミミズハゼO型, Luciogobius sp.の生態,生活史と飼育を、送って頂きました(感謝)。
それを拝読して、淡水魚写真図鑑にはイドミミズハゼ(普通の体型)、イドミミズハゼO型(太短い体型)、
イドミミズハゼ近縁種(細長い体型)の3種だと思われました。
イドミミズハゼとされているものには、これら以外も含まれていると思いGoogleで検索しました。
番匠おさかな館を開いたとき
「あっ!これネムリミミズハゼ」と思いました。
ちなみに、写真は左からイドミミズハゼO型、
イドミミズハゼ近縁種、
ネムリミミズハゼだと思われます。
イドミミズハゼのページにイドミミズハゼは載っていませんでした。
そんなことより幻の魚ネムリミミズハゼの画像があるのです。その時にツイートしました。
すぐに写真から各部を確認し、ネムリミミズハゼだと確信を持ち、Kさんへメールしました。
|
2015年04月03日 |
Kさんから「ネムリミミズっぽいですが」とつれないご返信で、メラメラ燃えるものがありました。
私の同定眼はネムリミミズハゼで間違いないと言っている。
番匠おさかな館さんへメールしてみました。
ネムリミミズハゼの件と、オオヒライソガニとある写真が、
タイワンオオヒライソガニの誤同定で、大分県初記録だと思われるため、それもついでに指摘しました。
|
2015年04月04日 |
番匠おさかな館のMさんからご返信を頂きました(感謝)。タイワンオオヒライソガニは名前すら知らず、イドミミズハゼは館長より後日返信があるとのこと。
|
2015年04月06日 |
館長さんからご返信を頂きました(感謝)。
サイトのイドミミズハゼを採集したのは前館長さんで、
イドミミズハゼとしながらも疑問の意味も込め、3つの異なる体形の写真を掲載したそうです。
写真と標本は残っているが、特別展の準備などで忙しいため、精査にはかなりの時間を要すると。
タイワンオオヒライソガニは存在すら知らなかったそうで、カニ写真が添付されていて、教えて欲しい旨が記されていました。
詳しい見分け方も示し、これもタイワンオオヒライソガニですと記し、ネムリミミズハゼよりも特別展の準備は大事ですから、
御手隙のときにでも標本を精査して下さいとお願いしました。
標本ケース越しに眼が皮下埋没しているかだけでも見れば分かるのに、それも出来ないほど特別展の準備は、大変なのだと思いました。
|
2015年04月07日 |
サイトを覗くとオオヒライソガニがタイワンオオヒライソガニに変更され
「これまでオオヒライソガニとしてきましたが、メスの腹節が三角形で、オオヒライソガニは丸いことからタイワンオオヒライソガニに変更しました」とあり、
写真に私が記した見分け方の、腹節の形のことが記されていました。何か自分たちが気付いて変更したかのような書き方でした。
特別展の準備があるのに、サイトを変更することは出来るのですね。
しかも、私が同定したカニ写真は、お礼の返信もなく、ほぉ〜と思いました。
こんなことに時間が使えるならば、ネムリミミズハゼを精査して下さるのも、時間の問題だと思いました。
|
2015年04月20日 |
約2週間経っても音沙汰がありません。この間に水面下では複数の方々に、ネムリミミズハゼと思われる写真に対する意見を頂き(感謝)、あれはネムリミミズハゼだという自信を深めていました。
このままだと特別展の準備によって、ネムリミミズハゼの発見が消えてしまう。この情報は広く共有しなくてはいけない。
メールしよう。標本の精査は諦め、私見を書きたいので、写真提供をお願いしました。
それも特別展の準備でお忙しいようであれば、サイトにある写真の転載をお願いしました。
すると、3枚の写真を提供して下さいました。大変に助かりました。
特別展の準備を優先するため、何かありましたらGW明けにでも連絡をとありました。
特別展の準備で大変にお忙しい中、快く写真提供して下さりありがとうございます。特別展の大盛況を祈っております。みなさん番匠おさかな館さんの特別展へ行きましょ〜う。
|
|
掻い摘むと、ネットでイドミミズハゼと書いてあった画像を、私はネムリミミズハゼだと思い、
そのサイトの管理者の快いご協力で、貴重な写真を3枚転載できることになりました。ありがとうございます。
|
|
A個体 |
B個体 |
|
|
|
採集場所:大分県大分市の河川
採集日:2005年08月02日
採集者:石田淳さん
写真提供:番匠おさかな館
| 採集場所:大分県宇佐市の河川
採集日:2005年08月16日
採集者:石田淳さん
写真提供:番匠おさかな館
|
完模式標本(Fig. 3)と比べると、見た目はほぼ合致します。
ネムリミミズハゼの眼は皮下埋没とありますが、A・B個体ともに眼がはっきり見えず、皮下埋没しているようです。
眼の小さなミミズハゼ属の成魚は、標本にすると周りの皮膚の収縮で、見え辛くなることもありますが、A個体(背面)の写真は、皮下埋没しているのが、はっきり分かります。
それと比べてイドミミズハゼは眼が露出しています。私はこれだけでもイドミミズハゼと同定することに躊躇します。
|
|
背鰭と臀鰭の軟条数 |
|
|
日本産魚類検索3
背鰭軟条7〜9本 臀鰭軟条8〜9本 ドウクツミミズハゼ
背鰭軟条7〜9本 臀鰭軟条7〜9本 ユウスイミミズハゼ
背鰭軟条8〜10本 臀鰭軟条8〜10本 ナガレミミズハゼ
背鰭軟条10〜11本 臀鰭軟条10〜11本 イドミミズハゼ
背鰭軟条11本 臀鰭軟条11本 ネムリミミズハゼ
|
日本産ミミズハゼ属で眼が皮下埋没する可能性があるのは、ドウクツミミズハゼ、ユウスイミミズハゼ、ナガレミミズハゼ、イドミミズハゼ(?)、ネムリミミズハゼの5種。
背鰭・臀鰭軟条数から前3種ではないと考えられます。ネムリミミズハゼは1個体だけの数値なため、ある程度の変異幅(1〜2本)は想定されます。
そのためA・B個体の背鰭軟条が10本であっても、許容できる範囲だと思われます。
|
体高比 |
|
|
記載論文
1/7.6 ネムリミミズハゼ
1/11.1 イドミミズハゼ
|
日本産魚類検索3
約1/8 ネムリミミズハゼ
約1/10 イドミミズハゼ
|
体長と体高は写真から計算すると、実測と違って多少の誤差は出ますが、参考にはなると思われます。
イドミミズハゼよりはネムリミミズハゼに近い数値でした。
A個体は孕卵している疑いもあり、体高がより高くなって、数値が下がったことも考えられます。
|
頭長に対する頭幅 |
|
レッドデータブック(2014)
約70% ネムリミミズハゼ
約50〜60% イドミミズハゼ
|
頭長に対する頭幅は、これも実測が必要ですが、ネムリミミズハゼの数値と合致しました。
頭部を上にして背面から見た場合、イドミミズハゼはワイングラス(キャンティ)型ですが、ネムリミミズハゼは洋樽型のように見えます。
A個体は洋樽型のように見えます。
|
|
慎重な結論
A・B個体が日本では未報告種や未記載種の場合は、これまで記した計数形質は必ずしも根拠に成りません。
また、脊椎骨数など更に各部を調べる必要があり、写真だけでは真の同定とは言えません。
ネムリミミズハゼと断言するには、番匠おさかな館さんが所蔵する標本を、精査する必要があります。
私からは簡単に行ける場所ではないのと、大変にお忙しい最中にご対応頂き、更に邪魔をするのも気が引けます。
そのためネムリミミズハゼの可能性だけを示し、閲覧者の皆様と情報の共有という、役割が出来ていれば嬉しく思います。
A・B個体は10年前の記録なため、現在(2015年)も生息しているかどうか、調べる必要もあります。
私見
私の同定眼ではA・B個体をネムリミミズハゼとしています。
完模式標本以来の44年ぶりの確認、世界で2〜3例目の標本、模式産地以外の2新産地の発見です。
この内容が知られることで、これら以外にも様々な情報がもたらされ、
それがネムリミミズハゼのように埋もれた魚たちの存在を気付かせ、
生息環境の破壊を防いでくれることに期待します。
最後に誰か捕って写真掲示板へ貼って下さい(笑)。
|