元いた場所に戻す





■はじめに
メダカ(キタノメダカ・ミナミメダカ)がレッドリストに指定されてから安易な放流が増えました。 その後にメダカ類は遺伝子が産地ごとに違うため、放流は避けようという啓発が相次ぎ、 次第にメダカ類に興味を持った方の間では、遺伝的問題を認識される方が増えていきました。 それにより「元の場所以外の放流はダメです」「元いた自然に帰してあげるのが一番!」「希少種は繁殖させて元の川に戻そう」 といった意見を見かけるようになりました。本当に元の場所ならば放流しても問題ないのでしょうか。



■魚+アルファ

上図は判り易くするため、1水域に1種類の菌としていますが、 自然界には1種類の病原体だけがいるわけではなく、 より多くがヨシノボリに感染している可能性があります。 また、二枚貝が寄生するのはヨシノボリだけではありません。

問題点解説
病原体 水生の病原体が別水系へ広がる原因の多くは、人が安易に移動させたためです。 全国に広がったコイヘルペスウイルス(移入種)や冷水病(移入種)は国外から持ち込まれたと考えられ、 死亡率が高いため警戒されています。 例えれば鳥インフルエンザのような怖い病気で、自然界のどこにでもある風邪とは違います。 ヨシノボリが外見上は病気発症がなくとも保菌し、それを介して他の生物が感染する危険性もあります。 1匹のヨシノボリから大きな問題になる恐れがあります。 採集魚の病原体を駆除するため薬浴される方がいますが、 逆に自然へ戻す際に薬浴される方はいないでしょう。 仮に薬浴しても病原体が全て死滅するわけではありません。
二枚貝 池から採集した二枚貝が水槽内でグロキディウム幼生を放出すれぱ魚に寄生します。 寄生されたヨシノボリを川へ放流すれば幼生が成貝になり、 池に元々いた二枚貝と交配して遺伝的な問題や生態系の破壊に繋がります。 幼生は視目できますが鰓の中に寄生されると、取り除くことは容易ではありません。 カワヒバリガイ属(移入種)は幼生が浮遊するため、元へ戻す際に混じった場合は大きな問題が起きます。 「環境省」によるとカワヒバリガイ属が吸虫類の第一中間宿主となり、 魚病被害が発生しているようです。
混入 バケツに水槽の水を注いで、元の場所へ戻す魚を網で掬って入れると、 バケツの中には病原体の他にも、生物の卵や水草の種子など、様々な微小物が混入します。 大雑把な方は小さな巻貝や水草の断片が入っても気にされないでしょう。 観賞魚店で買った外来水草が混入して繁茂したら、取り返しがつかなくなるかもしれません。
飼育水 バケツに水道水を使っても、魚を掬う時点で水槽の水は付着します。 細かいことのようですが、琵琶湖固有種のビワツボカムリ(原生動物)のようなプランクトンもいます。 「琵琶湖の自然史」によるとビワクンショウモ(緑藻類)は、 琵琶湖からの魚類の移植にともなって、数箇所で優先種になるほど増加しているようです。 緑色した水は藻の一文字では済まされません。 カエルのツボカビ症(移入種)は「WWFジャパン」が、 水槽の水は感染源となるため野外に排水することは禁物と訴えています。 タイワンシジミ(移入種)は「日本産淡水貝類図鑑(2)」によると、 家庭からシジミの砂だしや洗浄により稚貝が流れ出し、定着することが最大要因とされています。
正確性 人の記憶は曖昧です。本当に川で捕ったヨシノボリでしょうか。 「あのときは湖にも寄ったけど、ヨシノボリはたぶん川だったはず」では問題が残ります。 間違えれば遺伝的な問題が発生する恐れがあります。 水槽から魚が飛び出して、隣の水槽に移動したと聞いたこともありますが、 隣り合わせの水槽にいたヨシノボリでは無いという確認が必要です。
水槽育ち 水槽で育った魚は自然で生き抜く力を身につけていなかったり、 警戒心が低くて他の生物に食べられやすくなっていたり、 そうした状態で急に自然に戻されてもかわいそうです。 川に戻したそばからオオクチバスに食べられたでは悲しいものです。
移入魚 ヨシノボリは日本に19種類以上が知られ、移入で本来の分布域以外で見つかることもあります。 こうした移入魚は駆除の必要さえあるものですが、川に戻すヨシノボリは在来魚でしょうか。
生態的地位 川に戻すのが数年後だった場合に、生物間のせめぎ合いで、ヨシノボリを採集した時に出来た隙間は埋まります。 そこに戻すのは新たにヨシノボリを入れるのと変わりません。 河川工事などで収容能力が減っていた場合に、多数のヨシノボリを戻したら、 これまで必死で生き残ってきた、ヨシノボリより弱い生物たちを減少させます。
未知の影響 上述した様々な問題点が重なり合ったとき、予測できないより大きな影響が出る恐れもあります。 人が知らないことは未だ多くあると考えられ、そうした影響を未然に防ぐほうが賢明です。



■モラル
ナマズなど大型魚を幼魚から飼育して大きくなり、持て余したので元の場所に戻すという方がおられます。 ナマズが大きくなることは一般常識からもわかることで、 それを承知で飼育したのであれば「大きくなったからいらないや」ではあまりに無責任です。 飼育者として一旦飼った魚は最後まで責任を持って飼ってあげてください。 持ち帰る前に最後まで飼えるか判断すべきです。 そう言う私もヌマチチブが他魚を齧って困り、止むを得ず生ゴミとして処分したことがあります。 どうしても飼えないのであれば自ら処分する覚悟も飼育者には必要だと思います。

■放流は元いた場所でも止めましょう
繁殖した幼魚や親魚を採集した元の川に戻す行為は、これまで述べてきた以外にもより大きな問題があります。 詳しくは「移入魚を守る町」で触れています。 問題性が低いのは水槽設備を消毒して捕って来た場所の生物だけを入れ、 それを数日以内に元の場所に戻す程度であれば、自然への悪影響は小さいと考えられます。 これは魚を撮影して元の場所に戻す場合にあることですが、撮影の際に容器を使いまわすと問題があります。 A川でたも網を使いB川で同じたも網を使う。 これも問題ですが世の中そこまで気を使っていたら生活できませんし、 水鳥がA川からB川へ飛び移る際に同じ現象が自然と起こります。 しかし、飼育魚を元いた場所に戻す行為は人の意思による行動です。 止めようと思えば容易に止められる行為ではないでしょうか。上述してきた問題を知った貴方ならば、良心から思い止まることでしょう。


参考・引用文献 ※不備がある場合は改めますのでお手数ですがご連絡ください。
農林水産省
環境省
WWFジャパン
□ 自然史双書5 琵琶湖の自然史 琵琶湖自然史研究会 八坂書房 1994.2.10
□ 水環境学会誌 第24巻5号-273 2001
□ 日本産淡水貝類図鑑(2) 汽水域を含む全国の淡水貝類 増田修・内山りゅう ピーシーズ 2004.10.1