汽水魚を手軽に飼う(3)





掃除屋さんを持ち帰ろう

 
  
汽水域の浄化能力はすごいと実感します。掃除だけでなく癒し系も多い脇役たちは主役にもなれる。
  
写真はL(40cm)水槽でマガキを利用して複雑な環境を作っています。 マガキにはシロスジフジツボやチギレイソギンチャクなどが付着し、苔をカノコガイなどが食べます。 マガキの上にはユビナガホンヤドカリが歩き回り、下にはタカノケフサイソガニが隠れています。 砂中にはウネナシトマヤ、ヒゲツノメリタヨコエビ、コケゴカイなどが潜んでいます。 その砂をテッポウエビ属の一種Eがあちこち移動させて複雑な空間が出来ています。 暗くなるとカイアシ類が出てきて泳いでいます。 汽水魚がメインの水槽ですが掃除屋さんには重要な役割があり、 汽水魚と一緒に飼育できる脇役たちもユーモラスで魅力的です。 これらの生物はあくまで汽水魚のために水槽に入れているため、 それぞれの生物にとっては最適と言えない場合もあります。 ベントスを同定するのは容易ではないですが、ここでは種類よりも水槽内での働きを重視して記しています。

●巻貝

※1 半陸生で汽水に満たされた水槽には入れない方が良い。
※2 弱った生物を集団で襲うため、水槽には入れない方が良い。
※3 二枚貝(カキ含む)を食べるため、水槽には入れない方が良い。
  
餅は餅屋。苔取りは苔取り職人の巻貝に任せておきましょう。
  
イシマキ、カノコガイ、カバグチカノコ属の一種(ヒロクチカノコ本土型)はあらゆる場所を苔取りしてくれます。 おかげで汽水水槽の苔掃除は1度もしたことがありません。 ウミニナなどの細長い巻貝類は餌となる珪藻などが水槽内には少ないため活動が鈍いです。 タマキビは水中より水際を好むため水槽から逃げ出すことがよくあります。

●二枚貝

  
ヤマトシジミは条件さえ整えば長く生き続けます。
  
水槽に二枚貝類を入れることによって水の浄化を助けてくれます。 水中の有機物を食べるため餌は特に与える必要はありません。 ヤマトシジミは平野部にある汽水域の底を掘るとよく見られます。 マガキに付着していることの多いウネナシトマヤは飼育に強いです。 イソシジミはバケツに汽水とエアーレーションで1ヶ月ほどは維持できるため、 貝剥きで剥いたり手で押し割ったりして魚の餌としても使えます。

●カキ

  
汽水水槽には必須!ですがマガキの産卵期に入れると崩壊の恐れがあるため要注意。
  
汽水域で見られるカキの大半はマガキで、護岸や橋脚や転石など硬い物にくっ付いています。 主に植物プランクトン食のため長期飼育が難しく、1〜3ヶ月ほどで死ぬことが多いです。 マガキが出す偽糞は魚が食べ、付着していることの多いフジツボ類は水を浄化し、 カサガイ類やヒザラガイ類は苔取りに役立ちます。マガキを食うイボニシは持ち帰らないようにしましょう。 死んだマガキも腐敗が進む前に魚やカニ類などに食べられます。 殻だけになったマガキは小さな魚たちにとって、格好の隠れ家や産卵床になります。 マガキを縫うように移動する魚は体を粘液や鱗で守られているため、 激突しても致命傷になるほどではありませんが、人は手を切らないよう注意が必要です。 カキ殻は優れた効果があるため、死んだマガキもそのままにします。 カルシウムが主成分のカキ殻が溶け出し、酸性になりやすい水環境を中性〜弱アルカリ性にし、 カキ殻に付着した微生物が有機物を分解します。カキ殻は表面がつるつるしてきたら取り替えるか、砕いて砂中に埋めると良いでしょう。 注意すべきは5〜8月の産卵で水が白濁しますが、状態の良い水槽だと3日も経てば澄んだ水になります。 しかし立上げ直後の水槽は産卵後に水質が悪化し、マガキが立て続けに死んで水槽が崩壊することがあります。 この産卵期に水槽を立ち上げる場合は、カキ殻だけにして、生きたマガキは別の時期に入れましょう。

●カニ

※1 大型で魚を狙って食べるため、水槽には入れられない。
※2 半陸生で汽水に満たされた水槽には入れない方が良い。
※3 二枚貝に寄生するため、二枚貝のない水槽には入れられない。
  
カニは善し悪しあります。タカノケフサイソガニを水槽に入れる場合はなるべく少数に。
  
水槽に入れられるのは水中で採集した水生カニ類だけです。 その中でも大型になるカニ類は魚を食べることもあり不向きです。 小さくて水中に棲むタカノケフサイソガニなどが適当です。主に底の食べ残しを掃除してくれる重要な存在ですが、 タカノケフサイソガニとケフサイソガニの成熟した雄は、少々乱暴で希に生魚を襲うことがあります。 海に多いイソガニも汽水域で見られますが、長期の低塩分には弱いのかあまり長生きしません。

●ヤドカリ

  
宿(巻貝の殻)も何個か水槽に入れておきましょう。
  
ユビナガホンヤドカリは汽水域を代表するヤドカリ類で、 障害物に登って餌を探すため、底が中心のカニ類にはない特性があります。 コブヨコバサミは主に塩分25〜30‰程度で見られますが、希に半海水以下にも現れます。 半海水で1年以上の飼育は可能ですが、なぜか小型の個体はあまり長生きしません。 貝殻を背負わないアナジャコ類などは、隠れられる場所がないと、他の生き物に狙われやすく弱いです。 ヤドカリ類は生魚を襲うことはまずないため安心です。

●エビ

※1 大型になるため、小さな水槽には入れない方が良い。
  
ユビナガスジエビとスジエビモドキが汽水域には多いですが小さい魚は食われるかも。
  
餌を求めて水槽内のどこにでも移動して掃除をしてくれますが、 テナガエビ類などハサミの長い種類は生魚を襲うこともあるため、 その特性がわからない場合は、水槽に入れない方が良いでしょう。 汽水域でスジエビは見られませんが、半海水でも長生きします。

●テッポウエビ

  
テッポウエビ類(俗称:ナインハルト・ズィーガー)は格好よくて面白い。脇役ではイチオシ。
  
テッポウエビ類は生魚を襲うことはほとんどなく、砂に穴を掘ってハゼ類との共生も観察できます。 穴を掘る行動は見ていて面白く、複雑になった環境を色々な生き物が利用します。 巣穴作りで地形が1日でがらりと変化することもあり、酸素が行き届きにい場所に酸素を送ることにもなります。 巣穴は砂だけだと崩れやすいため、カキ殻や石など支えを複雑に入れておく必要があります。

●ヨコエビ

  
砂中まで掃除してくれるヨコエビ類はとてもありがたい存在。
  
ヨコエビ類は砂粒の隙間に入った小さな残餌まで食べます。水槽内では重要な存在で持ち帰りたい生物です。 ヒゲツノメリタヨコエビ、シミズメリタヨコエビ、シマドロソコエビは定着しやすく、 潮の引いた石の裏などでよく見つかります。ヨコエビ類は水中フィルターにも入り込み濾材を掃除します。 魚に見つかれば餌となり、魚が餌やり時以外でも餌を探す行動が見られ、飼育ストレスの軽減に繋がっているかもしれません。 ガンテンイシヨウジやトサカギンポは砂中から出てくるヨコエビ類を食べる様子が観察しました。

●小型甲殻類

※1 半陸生および陸生で汽水に満たされた水槽には入れない方が良い。
  
イソコツブムシ類は水中のだんごむし。ヨコエビ類と同様な働きをします。
  
小型甲殻類の中でもイソコツブムシ類はヨコエビ類と同じように色々なところに入り込んで掃除してくれます。 イサザアミ類やカイアシ類はバケツなどで維持できるため魚の餌として最適です。

●ゴカイ

  
汽水域の泥の中にはコケゴカイがよく見られます。餌にもなるし残餌も食う。
  
ゴカイ類は水槽に入れると魚などに食われますが、逃げ延びた個体は砂に潜り穴をいくつも空けます。 それが砂中に酸素を送ることになり、微生物を活性化し水の浄化に役立ちます。 ゴカイ類は残餌や砂中に潜む微小生物も食べます。

●イソギンチャク

  
汽水域だからこそ新種がまだ見つかるかも!
  
汽水域で見られるイソギンチャク類は直径1cm以下が多く魚を食べられる種類は少ないです。 写真の右3つは2002年12月30日に愛知県の塩分15‰以下の河口にてマガキを持ち帰ったところ付着していました。 1年ほどしても大きくならず分裂を繰り返していました。種類を調べても判らず未記載種かもしれないと思い、 イソギンチャク類の分類がご専門の柳研介(千葉県立中央博物館分館 海の博物館)さんに同定をお願いしました。飼育中の個体を送ったところ「全く見たことのないイソギンチャクでした」とのご返答を頂き、 その後に「槍糸が無い、体壁が滑らか、足盤がある、触手に短基無鞭刺胞もしくは短基p型有鞭刺胞がある、頭状花序がある」など、 こうした形質の組み合わせのイソギンチャク類は科レベルで知られていないそうです。 マガキにたまたま付いていたものが、まさか未記載科の可能性すらあるとは驚きでした。 淡水でも海水でもないマイナーな汽水に生息していた生物だからこそ今回の出遭いがあったのだと思いました。

●藻

  
カニ類を入れるならば水草は諦めたほうが良いでしょう。
  
水槽に緑が欲しい場合は、水草(淡水)や海草・海藻(海水)ではなく、汽水性植物や汽水藻に限られます。 シオクグやコアマモは汽水域で目立つ存在の植物ですが、カニ類やヤドカリ類に根元から食べてしまうため、 両者が水槽に入っている場合は諦めた方が良いでしょう。水槽のガラス面に汽水藻が張り付いたときに、カイアシ類のような生物も見られました。 こうしたミクロの世界の生き物も水槽環境にとって大切です。

●その他

  
よくわからない感じの生物は入れない方が良いです。
  
ヒザラガイ類は苔、フジツボ類はプランクトンを食べるため、水槽にとって有益ですが、 その他にある生物は、癖の強いものが多く、水槽へ入れるのは、止めた方が良いです。 ミミイカは魚を襲い、ヒダビルは魚に寄生し、ヒモムシ類は毒があり、ヒラムシ類は二枚貝およびカキを食べます。

●おすすめと注意点

  
海で捕った生物は海水で飼育。汽水域で捕った生物は汽水で飼育。
  
35〜60cm水槽は巻貝(イシマキ、カノコガイ)5〜15個体、 二枚貝(ヤマトシジミなど)10〜20個体、マガキを水槽の底に1/3以上、テッポウエビ類3〜5個体、 ヨコエビ(ヒゲツノメリタヨコエビ、シマドロソコエビ)100個体以上、 小型甲殻類(イソコツブムシ類)50個体以上、これらは汽水魚水槽に是非とも入れたい掃除屋さんたちです。 掃除屋さんは汽水域で採集したものでなければいけません。海岸で捕ったヤドカリは汽水飼育はできません。 釣具屋さんのゴカイの多くは海産で、スーパーマーケットのシジミは淡水産もあります。 掃除屋さんを買ってまで入れるのは止め、まずは汽水域で捕れた生物を入れてみてください。 掃除屋さんは食べられることも考えて多めに持ち帰ると良いでしょう。 写真のトサカギンポのように掃除屋さんである二枚貝類が、 魚の鰭に幼生を付着させて逆に利用されることもあります。