移入魚を守る町





■はじめに
淡水魚に関して保全・保存・保護などいう言葉を聞く機会が増えてきました。 言葉の意味こそ異なりますが、自然環境への意識向上はとても良いことだと思います。 こうした動きがある一方で、生物を守るためのガイドラインはほとんどなく、 地域独自の手法が手探りで行われる場合も多く、 その中には取り返しのつかない方法も安易に行われています。 希少種保護を舞台に一億を超えるお金が動き、保全とは名ばかりの開発や政治的な乱用も散見されます。 こうした活動の中には自然や淡水魚たちのためになっているとはとても思えないものもあり、 そうした問題点について岐阜県のハリヨ(イトヨ太平洋型や太平洋系陸封型イトヨと分類されることもある)を中心に記して行きたいと思います。

■移入魚の定義
当ページでは以下のように「移入魚」を4つに分類しました。種には亜種を含みます。
移入魚 国外移入種種単位では自然分布範囲外。国外から持ち込まれたおよびその起源の魚。
国内移入種種単位では自然分布範囲外。国内他所から持ち込まれたおよびその起源の魚。
集団 国外移入集団種単位では自然分布範囲。国外から持ち込まれたおよびその起源の魚。
国内移入集団種単位では自然分布範囲。国内他所から持ち込まれたおよびその起源の魚。
オオクチバスやブルーギルなどは日本に本来は分布しておらず日本で確認されれば国外移入種と分類します。 ゲンゴロウブナやワタカなどは琵琶湖淀川水系の固有種ですが長良川で確認されれば国内移入種と分類します。 これら移入種は文献など過去の資料を調べることにより、移入種なのか在来種なのかその判断はしやすいです。 ドジョウを中国から輸入して日本の養殖場から逃げ出した場合そのドジョウを国外移入集団と分類します。 琵琶湖で捕ったアユを長良川に放流した場合そのアユを国内移入集団と分類します。 これら移入集団は移入種と比べてその判断は極めて困難です。 メダカ類のように日本全国の集団ごとの遺伝的解析が進んでいる種類は、 遺伝子を調べることによって判断が可能かもしれませんが、 多くの魚でそうしたことは利用できません。 そのため放流された魚でも在来魚と見なされてしまっているのが現状だと思います。 またそれを利用して他所から持ち込んだ魚を放し「復活」という見せ掛けだけの保護も見られます。
移入種は後でも判断しやすいが移入集団は困難。
左側の写真は岐阜県にあるオヤニラミ生息地です。 岐阜県が本来のオヤニラミ分布域ではないことは多くの文献から明白ですし、 局所に人知れず生息していたとしてもここは国道から見える場所で近くに民家もあります。 限りなく移入の可能性が高く「岐阜県レッドデータブック」でも移入種として扱っているほどです。 しかし石碑には「オヤニラミ 村指定 天然記念物 平成四年八月十二日指定」と記してあり、 天然記念物にする際の指定基準が問われそうです。 こうした移入種は後でも判断しやすいですが、 当ページで取り上げる移入集団はこう簡単にはいきません。

■種の保護から集団の保護へ
メダカ類が絶滅危惧種とされた直後は、 希少な魚というだけで善意の放流が全国各地で盛んになり、 集団ごとの遺伝的固有性を無視した放流も横行しました。 これに対し専門家などが直ちに警鐘を鳴らしました。 その結果として地域ごとのメダカ類を守るという活動が増えるようになりました。 同じメダカ類という種類でも産地が違えば「別物」と見る必要があります。 種という枠にとらわれない集団ごとの保護はこれからのあり方だと思います。 「日本の希少淡水魚の現状と系統保存」によるとナガレホトケドジョウは沢ごとに独立した個体群(集団)を形成し、 わずか20km離れた地点間でも分化年代は86万5千年前に遡るようです。 こうした集団ごとの関係を無視して安易に同種だからといって放流して、 それら集団ごとがハイブリッド化すると取り返しのつかない事態となります。

■交雑集団の危うさ
例として「日本の絶滅危惧植物」を参考に記します。火山帯で希少な植物が減少したとします。 それを見て善意で別の場所の同じ種を植えたとします。この移入集団は在来集団と交配してよく繁殖し、 一時的に安定した群落が復活して喜ばしいこととして終わるかもしれません。 しかし、何十年かに一度のサイクルで繰り返してきた火山活動の影響で、周辺の水環境が大きく酸性に傾きました。 在来集団はそのような環境で何万年も生き残ってきたものなので、 変化に耐える遺伝的性質をもっていましたが、移入集団はそうした地域独自に進化した性質がなく、 すべて死滅してしまう可能性があるのです。また、移入集団と在来集団との交配によって、 酸性に耐えるという固有の性質を失ってしまい、共倒れで全滅することも考えられます。 これは植物だけに言える事ではなく、淡水という閉鎖空間にすむ魚にも同様なことが発生すると予想されます。 集団の遺伝的固有性を軽視すると、絶滅へ手を貸すことにも繋がる可能性があるのです。 遺伝的固有性は重要ですが近交弱勢の危険性もあります。 現在河川は他の水系との繋がりを絶たれたり、堰による分断で遡上する魚の遺伝的な交流が減っています。 ため池という人工環境にいる魚は特に近交弱勢になりやすく、 将来的には遺伝的多様性が保たれず絶えてしまうのではと言われています。 遺伝的固有性と遺伝的な緩やかな交流は「超個体群」と言われており必要なことです。 しかしそれは自然の中で起こりうることであり、人間が操作して他の集団と混ぜることとは意味が違います。 また上述した植物の例のように、逆に絶滅させる可能性もあるため、 極めて慎重に遺伝的なことを調査する必要があるとともに、 追求しても完全にはクリアなことではないので、一般に超個体群の操作を行うことには問題があります。




■ハリヨは天然記念物
私は岐阜県大垣市に生まれ愛知県名古屋市で育ちました。 そのため大垣市にはよく行く機会があり、親戚からも昔はハリヨがたくさんいたという話を聞いていました。 私の子供の頃には既に近くでは全く見られなくなっていたようです。 これは土地改良による水域の埋め立てや生物に無配慮な河川の護岸工事、 工場・家庭などの排水による水質汚染や地下水の汲み上げ過ぎによる湧水の枯渇など様々な要因があると思います。 ハリヨは特徴のある愛らしい魚のためシンボルフィッシュになりやすく、 次々と天然記念物となり保護対象になっていきました。 様々なメディアで岐阜県の天然記念物という言い回しが使われ、 岐阜県全域でハリヨは採集などが禁止されていると一部には誤解されています。 これは地域指定で「揖斐郡池田町八幡のハリヨ繁殖地」と「大垣市ハリヨ生息地」だけです。 市町村単位では大垣市・南濃町・垂井町・巣南町などのハリヨ生息地も指定され、 岐阜県におけるハリヨ生息地の半分以上は天然記念物指定されています。

■保護対策とその傾向
私はハリヨ生息地に何度か出向いて現状を見て、地域の方や多方面に渡り聞き込みをしたところ、 何箇所も見られる共通した保護方策がありました。 それはハリヨのために地下水を汲み上げて親水公園化した「ハリヨ公園」です。 それらの多くは地域に昔から生息しているハリヨではなく放流されたハリヨでした。 放流されたハリヨ生息地のほとんどに保護を促す立札があり、 放流由来のハリヨであるという内容は1箇所たりとも書いてありませんでした。 中には放流したハリヨが天然記念物に指定されているところも複数あり、 こうしたハリヨは率直に言えば「人工記念物」ではないかと思いました。 「生物の科学 遺伝 2002年11月号」には、ハリヨが滋賀県から岐阜県に放流されたり、 三重県・神奈川県・兵庫県にも持ち込まれ定着しているものが問題視されていますが、 岐阜県ではハリヨがたくさん放流されていますから、 放流という行為自体に抵抗がなく、保護と思っている方も多いのではないかと思います。 上述したように、生物は種よりも小さな単位である集団として捉える必要があり、 近年は研究者やメダカ類保護に携わる方の共通認識になりつつあります。 しかし岐阜県のハリヨの場合はその配慮が全く欠けているとしか思えませんでした。

■希少野生生物保護条例
岐阜県では2001年に「岐阜県レッドデータブック」を作成しました。 その中で最も危機的とされる絶滅危惧T類として、イタセンパラ、ウシモツゴ、ハリヨ、 絶滅危惧U類として、ネコギギ、ホトケドジョウ、カワバタモロコが指定されました。 他にも指定されていますがここでは省きます。これを基にして岐阜県希少野生生物保護条例が提案されて2003年8月1日に施行されました。 この条例は指定希少野生生物や保護区を指定して守っていこうというもので、 岐阜県全域で、指定した種の捕獲、採取、殺傷、損傷を禁止しています。 罰則もあり1年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科せられます。 このうちイタセンパラやネコギギは国指定の天然記念物であり既に法律によって規制があります。 この条例によって指定希少野生生物となったのは16種でそのうち魚類はハリヨとウシモツゴです。 指定以降(2003年11月11日)にこの2種を岐阜県内で捕獲した時点で条例違反となります。 岐阜県内で現在も生息が確認されているウシモツゴ生息地は2つの地方公共団体に過ぎません。 とても危険な状況で条例による規制も止むを得ないかもしれません。 一方でハリヨはどうでしょうか。生息地にしたらウシモツゴとは比較にならないほど多く、 局所的ではなく面的な生息地もあります。 また保護区は4ヶ所指定されましたが何れもハリヨの生息地のみです。 これに関連して岐阜県の知事定例記者会見(2003年11月11日)にてその理由に当たることが述べられています。 「発表して明日の朝になったら1匹もおらん。こういう弊害がある」 更に後述を要約させてもらうと、地元に保護団体があって監視体制があるところを条例制定したそうです。 これは生息地公開した後に乱獲されて各地で問題があるので致し方ないでしょうが、 16種ある中で保護区がハリヨだけというのは偏りを感じます。 またこの条例の問題点は「放流されたハリヨも一緒くた」に適応される点です。 自然分布のハリヨを保護するだけでなく、放流されたハリヨまで保護対象となります。 滋賀県や他県からハリヨを持ち込んで岐阜県のどこかに放流すれば、 そのハリヨには条例による規制が発生して捕獲も禁止になり、 更に保護まで視野に入ってくるということです。 ハリヨの生息地を捏造して保護を訴えることすら可能かもしれません。 実際に4ヶ所の保護区のうち2ヵ所は放流起源なのです。

■希少種と経済
ハリヨ公園を作るための開発がはじまれば時には一億円を超えるお金が動きます。 その活動に取り巻く人たち。誰も問題提起などしません。 そこにはハリヨという魚を利用した経済が成り立っているからです。 私は無計画に放流されたハリヨを保護することは、 移入魚という面から見てブラックバスやブルーギルを守るのと同列だと思っています。 岐阜県でハリヨ保護に深く携わっている生態学者に 「関東でウシモツゴが見つかったら保護しますか?」と尋ねると「保護する」と言っておられました。 放流の疑いが極めて高くても希少種というだけで、保護が成り立って経済が動く可能性があるのです。 条例実施後は極一握りの人たちしかハリヨを扱うことは出来なくなり遠い存在になります。 その人たちはハリヨをほとんど独占的に扱えるようになり、更なる無計画な放流が加速するかもしれません。 こうした捏造された希少種の生息地を保護することによって、経済活動も同時に成り立って行くことは、 不景気なご時世ですから必要悪かもしれませんし完全には否定しません。 しかし放流された池からハリヨの流出が多く見られ、 そうした取り返しのつかないことだけは避けてほしいと願うばかりです。

■放流による弊害

危険分散という意味で新たにハリヨを移植して生息地を確保する必要はありますが、 放流される前に生息していた在来生物を押しのける可能性もあり、 貴重な自然をハリヨというたった1種のために失うという弊害があります。 危険分散であれば自然水域ではなく、人工的な環境の一部を開放し、 そこに閉鎖水域を作って放流すべきだと思います。 これまでそのほとんどは閉鎖水域ではなく近隣の河川に排水され、 放流されたハリヨが流れ下っている河川がいくつもあります。 必ずしも大切なのはハリヨだけではないはずです。 放流する地域にいる在来生物は、昔からそこに依存して世代交代し、 地域固有の集団になっている可能性が考えられます。 それが肩書きの何もないフナであったとしても、 そのフナこそ守る必要があるのではないでしょうか。 「フナなんてどこにでもいるよ」と仰る方もいるかもしれませんが、 それはフナという種類であり、地域独自の遺伝子を持ったフナ集団は「その地域しかいない固有のフナ」なのです。


水域にはキャパシティー(容量)が決まっています。1つの生態系は生物間のせめぎ合いにより、 新たに受け入れるだけの容量はほとんどの場合ありません。 水が満杯に入ったコップに新たに水を注いでも溢れます。 新たにハリヨを放ってそのハリヨが生残り続けるということは、 溢れて追いやられた生物もいるということです。 中には人為的に在来魚を取り除くハリヨ放流地もあり、 こうした方法はハリヨ至上主義としか思えません。 また放流は思わぬ問題を発生させることが知られています。 「水環境学会誌 第24巻5号」によると京都府で捕れたオイカワの寄生虫の約半数が外来種で、 アユの冷水病については北米産ギンザケ種苗導入が関係しているようです。 ようするに、ハリヨと一緒に病原菌も移植する可能性があるのです。 採集して魚を持ち帰って来た際に入れたつもりのない、 水草の破片、小さな巻貝、ヒルの仲間などが紛れることはよくあることで、 それらを注意深く取り除いても、魚の内臓に寄生するものまで普通は見るすべがありません。 また二枚貝のグロキディウム幼生が鰭に付いていたら、 移植先に二枚貝がいた場合に遺伝的な問題が生じます。 これらは水槽飼育で維持した後に、捕った場所と同じところに再放流する場合でも同じことが言えます。 またビオトープと称される水辺を作って、そこに人間が選んだ希少な生物などを放ち、 放した生物や本来その地域には存在していなかった病原体が流れ下れば、 遺伝的な問題、生態的地位の問題、在来生物の減少などが起こりうることは予想がつく範囲です。 そうしたビオトープは完全な閉鎖空間に作って管理すべきものでしょう。



■ハリヨの実例(1)

北生息地 : A集団が生息していた湧水地で現在は放流によりB集団が生息する
南生息地 : B集団が生息している湧水地で現在は環境悪化により危機的な状況
人工河川 : 北生息地と同じ町にある人工的に作られた河川
A集団 : 北生息地に元々いたハリヨ集団
B集団 : 南生息地に元々いたハリヨ集団
C集団 : AやBとは異なる他のハリヨ集団
少数放流 : 約20尾で追加放流はない
上の図は実際に現存するハリヨ公園での出来事で、色々な方に教えて頂いた情報を総合して記しています。 北生息地にはかつてハリヨが生息していましたが絶滅してしまいました。 その後にハリヨのいなくなった北生息地を親水公園化(ハリヨ公園)して、 約14km離れた南生息地から約20尾のハリヨを放流しました。 その際にハリヨ以外の魚は排除して人工河川に放流し、魚捕りイベントに利用したそうです。 その後の管理としてハリヨ公園の池の水を1年に1度ぬいて、 ハリヨではないアブラボテやシロヒレタビラなど10種類以上の魚を取り出す作業をしているそうです。 その際にハリヨだけでは寂しくなるのでニシキゴイだけは再放流してあるそうです。

トイレです。駐車場は2箇所もあり20台置けます。
水車と地下水を汲み上げる施設があります。
親水公園の中でも立派な施設で日本庭園のようです。

同じ敷地内にある自然の湧水地です。
ハリヨの説明板です。放流起源ということは一切記されていません。
品種改良魚であるニシキゴイだけは排除されていません。

●A集団は本当に絶滅したのか
放流起源のハリヨたちです。このハリヨのために排除された魚たちがいます。
絶滅したと思われていた生物が、人知れず生き残っていた例は少なくありません。 この生息地から下流へは水路で繋がっていて流下することができます。 ハリヨは湧水地など水温の低い水域に生息していますが、 冬場は湧水地よりも河川の方が水温が低くなり、広範囲に移動することが可能になります。 かつて北生息地に生息していたハリヨA集団が下流の湧水地などで生き残っている可能性が考えられます。 実際に北生息地に放流されたハリヨB集団と思われるものが下流に多く見られます。 生き残っていたとしたらA集団とB集団との集団間交配が置きて遺伝的汚染も考えられます。
●在来魚の排除
他の魚を入れないでとありますがハリヨは入れた魚です。
ハリヨ(A集団)は絶滅したが在来魚は生き残っていました。 その在来魚を他所から持って来たハリヨ(B集団)のために排除したのです。 この在来魚が放流由来のものでない限りは、昔からいた地域固有の集団と考えられます。 それらを人工河川に放して魚捕りイベントに使って子供たちがみんな持ち帰ったそうです。 私は放流したハリヨよりもむしろ在来魚の方が重要だったのではないかと思います。 放流ハリヨのために取り除いた彼らはもう帰って来ません。 下流から遡上して来た魚がいたとしても放流ハリヨのためにまた排除されます。
●移入ハリヨと在来生物の生態的地位(ニッチ)争い
北生息地から流出している河川で、流下したと思われるハリヨB集団が見られます。
排水口で金網は数センチ上げてありました。
放流したハリヨは非常に多く繁殖したようでハリヨ公園よりも下流に多く見られます。 国内移入集団であるハリヨが、在来魚の生息地に侵入し、その生息を脅かしていることが考えられます。 生態系のキャパシティーが放流前と同じとして、そこにハリヨがたくさん見られるということは、 在来生物がその分だけ退いたと考えられ、駆逐されてしまった生物もいるかもしれません。 またそこにいた在来魚を捕食もしくは利用していた生物は、 ハリヨがその代わりになる保証はなく、移動したりいなくなってしまったかもしれません。
●離れた地点でもハリヨが現れる
川のお葬式。祭壇にはハリヨやナマズなどの遺影が飾られている。
小雪が舞う川に入って魚捕りをする子供。
写真はBE-PALの取材に同行させて頂いたときの川のお葬式です。 詳しくは「BE-PALNO.262 4月号」に掲載されています。 ここは北生息地から河川距離で約4km離れた地点ですがハリヨを確認したと聞きました。 おそらく流下して移動したB集団だと思われます。 話を聞くと子供たちは採集や食べることから魚に興味を持った様子で、 魚たちに無配慮な護岸工事が行われている現状に、川のお葬式という形で問題提起を起こしました。 ハリヨが条例実施で捕獲禁止になった今こうした子供たちが育つのでしょうか。 せめて捕獲規制は乱獲する大人だけを対象とし、子供たちにはハリヨと直に触れ合う機会を与えるべきだと思いました。
●南生息地は危機的状況
2003年2月にはここで3尾しか確認できなかった。ゴミが目立つ。
南生息地は私がよく採集に行く場所でもあります。 この町でハリヨは天然記念物などの規制はなく保護もされていません。 何度もここで採集をしたことがある方に、ハリヨが生息しているよと伝えると、 「えっあそこはハリヨはいないでしょ」と答えが返って来るほど僅かにしかおらず生息も狭い範囲です。 近年ハリヨは私の採集観察では3尾以下です。 地元の方が仰るには北生息地に放流するために、ここから50〜60尾のハリヨを捕って行ったと言います。 しかし実際に放流した方は約20尾と仰っていたのでこの差は不明です。 緊急避難の意味でここのハリヨを北生息地に移植したにしても、 ここから数十尾も捕るという行為は、資源量から見て乱獲に等しいと思われます。 またゴミや土砂の流入により年々環境も悪化しており、こうした生息地こそ保全対策が必要と考えられます。


■ハリヨの実例(2)
下の3つの池はとある町にあるハリヨ保護池です。
K池
ハリヨの立札。自然は環境のバロメーターとあります。
人工的に作られた池でハリヨやタイリクバラタナゴなどが放流されています。
池からの排水口です。この水路にもハリヨが流出しています。

S池
K池とほぼ同じ内容の守ろう!ハリヨと訴える立札。
人工的に作られた池でハリヨが放流されています。
池からの排水口です。この水路の下流にもハリヨが流出しています。

N池
立札にハリヨ以外の魚類(コイ・フナなど)は放流しないでくださいと書かれています。
大変に立派な施設です。
セルビンがありました。聞いた話ではハリヨ以外の魚を取り除いているそうです。
この3つの生息地のハリヨたちはとても複雑な経緯があります。色々な方に聞いた話を総合して記します。 N池付近のハリヨを三重県員弁郡に放流しました。その後にハリヨのいない場所にK池を作りました。 そして三重県員弁郡に放流したハリヨをK池に持ち込んで放流したのです。 その後にS池やN池のハリヨが見られなくなってしまい、K池で増えたハリヨを持って行って放流しました。 S池とN池はハリヨ生息地として地域指定の天然記念物になっていますがK池に規制はありません。 K池でハリヨの保護している方の話ですと、他にもK池のハリヨを各地に放流しているそうで、 この町のハリヨのほとんどはK池からのものだと仰っていました。 天然記念物という規制のないK池が養殖場のようになっていて、天然記念物指定地域のハリヨが絶滅したら K池から持って来て放流して済ませているようです。 岐阜県希少野生生物保護条例が出来ることに関して伺うと、K池のハリヨも自由に扱うことが難しくなるので困る。 K池はよく増えるから本当はもっと各地に放流したいということも仰っていました。 更にK池にはタイリクバラタナゴと二枚貝も放流して保護しているそうです。 あまりにも問題点が多すぎて一つ一つに関して記すのは止めますが、私が見てきた場所はハリヨ保護地の一部であって、 別の場所でもきっと同じようなことが知らない間に行われているかもしれません。 3つの池の全てに保護を促す立札がありましたが、そこのハリヨの経緯は全く記されておらず、 放流起源だということすら記されていませんでした。 昔からいるハリヨだと思っている人もたくさんいるのではないかと思います。 これが移入集団の怖いところで、在来集団と摩り替わっていても容易にはわからないのです。 これら放流に関する情報は意図的に伏せてあるのかどうかわかりませんが、 こうした情報は将来このハリヨに関わる人達のためにも立札などを使って積極的に示すべきではないかと思います。 K池とN池は放流起源にも関わらず希少野生生物保護条例によって保護区に指定されました。



■ハリヨの実例(3)
写真の場所は岐阜県にある湧水の池で、この辺りでは絶えたと思われていたハリヨですが、1996年に私が生息を確認しました。 ハリヨを確認する数年前にとある方に案内して頂きこの池に訪れており、 その時にはタカハヤなどは見かけましたがハリヨの姿は全く確認できませんでした。 見ての通りとても浅く狭い湧水地で水も透き通っています。 ハリヨのような目立つ魚を見逃すことはないでしょう。 また下流からは勾配がきつく遡上は無理だと思われます。直ぐに放流の可能性を疑いました。 その後1997年に岐阜新聞に掲載されたようでインターネットに記事がありました。 それによると近所の青年が2〜3尾ほど放流したハリヨが繁殖したとあります。 2003年現在でもハリヨは数十尾ほど見られます。これは明らかに移入魚です。 他の魚との生態的地位の争奪などが考えられ、魚に限らず他の生物を駆逐する可能性もあります。 出来れば放置することはあまり望ましくないでしょう。 しかし条例実施された現在はこの池のハリヨも野生保護動物です。 ハリヨという種だけで見るのではなく、在来集団という面でも見る必要があるのではないでしょうか。



■ハリヨの実例(4)
自然の湿地を開発して作られた親水公園。
コイの群れです。ニシキゴイも見られます。
放流されたハリヨも排水口から流出しています。
私はこの親水公園を工事している最中に、たまたま通りかかって覗いたことがあります。 とても良好な湿地にショベルカーが不釣合いに見えたのを憶えています。 地元の方が仰るには親水公園化される前は、湧水が湧いていた湿地だったと言います。 こうした湿地は鳥、水生生物、植物など多くの生物にとって、貴重な場所であるのは間違いなく、 自然に存在するビオトープと言えます。しかし現在はコンクリートで固められた池に、 ハリヨが放たれニシキゴイも泳いでいます。 親水公園化したためにどれだけ地域独自の生物たちが追いやられたことでしょうか。 排水は川へと繋がっていて、その付近でもハリヨが見られます。 ニシキゴイも流れ下ることでしょう。生物多様性の重要さが叫ばれていますが、 湿地をハリヨのために改変する行為は逆行しています。 ハリヨを守るあまりもっと大切なものを失っている気がするのは私だけでしょうか。

同じ町のハリヨ生息地。
この同じ町ではハリヨを天然記念物にしていますが、 湿地まで開発してハリヨを保護する一方で、写真のような劣悪な環境の生息地もあります。 ここでは数年前までハリヨが見られましたが現在では全く見かけません。 この川の下流には見られるかもしれませんが、上流側での配慮はないに等しいでしょう。 絶滅したらまたハリヨの保護池でも作って、 小学生に放流させるのではないかと今までの例から予想します。 そして保護池でいなくなってしまったら、また別の場所から持って来て放流するのでしょうか。 こういった繰り返しがいつまで続くのでしょう。



■ハリヨの実例(5)
ハリヨ池公園。こうした親水公園は多い。
タモ網を持ち保護池を覗き込んでいる子供。
ここのハリヨは地域指定の天然記念物です。写真の子供たちに話を伺ったところ、ここで魚捕りをすると怒られるそうで、 ハリヨは捕っていないと言っても信用してくれないそうです。仕方がないので下流で川遊びすることが多いと言います。 ここは地域指定のため狭い範囲の規制ですが、条例実施以降はハリヨがいるところ全てが、 子供たちの近づき難い水域になるのではないかと心配しています。 身近な水域にハリヨという捕獲禁止の魚が存在するがために、子供たちを水辺から遠ざける結果になってしまいます。 学校教師や親御さんが近くの川にハリヨが生息していることを知っていたら、 その水域で魚捕りしてもいいよということは社会通念上ありえないでしょう。 私は子供を水辺から遠ざけてはいけないと思いますし、もっと気軽に魚捕りをさせるべきだと考えています。 まず自然を肌で感じて魚を手にしてこそ、ハリヨなど減少してしまった魚たちの現状や大切さがわかると思うからです。 その機会を奪って手に取ることすら出来なくなったハリヨを、心から守ろうという発想は生まれにくくなると思います。



■中国産のヒナモロコ
この情報をネットで公開することは様々な点において控えてきましたが、 こうした情報は共有すべきものと考え記すことにしました。 以下の内容は約10年も前の情報もあり、記憶の正確性について少し自信がない箇所もあります。 また証拠云々に関しても証明できません。あくまでこうした情報があるということだけに留めてください。
当時に記録撮影したVHSからのキャプチャ。
●ヒナモロコの流通履歴
1991年ごろ私は日本産淡水魚ショップを見てまわったり、 どんな魚が置いてあるか電話を使って聞いたりしていました。その中でヒナモロコだけはどこの店にも扱っていませんでした。 その後1992年(もしくは1993年)に、東海地方のショップでヒナモロコが置いてあるのに驚きました。 稚魚がほとんどでしたが学生だった私は無理をして2尾(1尾4500円)を購入しました。 この当時に私は購入問題の認識はありませんでした。現在はどんなにほしい魚でも飼育する魚を買うことはないでしょう。

●九州に中国産を放流
購入後に関東のショップでヒナモロコの飼い方を尋ねると、その当時に全国に流通しているヒナモロコの全ては、 1人のブリーダーが増やしたものが出回っていると言います。 確かに全く売られていなかったヒナモロコが急に置いてある店がその頃から増えました。 私はショップの方に対して 「本にはもう飼育されているものしかいないとあるのですがヒナモロコは福岡産を増やしているんですか?」 と尋ねると「中国から輸入したものを増やしているんだよ」と言います。 更に話は続き「たくさん増えてたくさん店に出しても商売になんないし、 増えすぎたのは九州に放流して保護してあげてるの」と言うのです。 なんとなく話し振りからヒナモロコを保護しているということに満足そうでした。 その後ショップにブリーダーの連絡先を伺い、電話をしましたがその方も放流していると仰っていました。 両者に同じことを別々に尋ねていますがどちらも放流していると証言されており、 私は放流したというのは信憑性があると思っています。

●見かけが若干異なる
私が購入したヒナモロコ2尾は偶然にも雄雌だったようで、 水草が入った水槽に次々と産卵して行き、多いときで仔稚魚数は500尾以上にはなったと思います。 本当に簡単に増える魚だと知りました。いつ頃だったかは忘れてしまいましたが、 琵琶湖文化館(現:琵琶湖博物館)に訪れたときに継代飼育されているヒナモロコを見ました。 そのときに私の飼育しているものと違うと衝撃を受けたのを覚えています。 山と渓谷社の「日本の淡水魚」という本の写真と見比べたときにも思ったことではありましたが、 琵琶湖文化館のヒナモロコは私の飼育していた個体に比べて、 角ばった体つきで頭長が短く体高が高い、体側の中央付近の鱗間に濃い暗色の縁取りが目立つ、 また成魚は私の個体のほうが細長くて大型になる。これらは雄雌を問わず同じような印象でした。 私の増やした個体を人に譲ったとき、これは本当にヒナモロコかと疑われたことすらあります。 山と渓谷社の「日本の淡水魚」に掲載してあるヒナモロコを日本産として基準にした場合、 私がショップで買った個体との違いは目が慣れてこれば区別できるほどのものでした。

●再発見と天然記念物としての保護
1999年にインターネットを検索していたらヒナモロコの記事を見かけました。 生息地が不明で絶滅が心配されていたが、T町で1994年11月に80匹も確認されたとあり、 その後に町の天然記念物となって保護されているとありました。 発見されたのは知っていたのですが細かい内容までは知りませんでした。 保護されているというのを見て私はどうしてよいのかわからなくなってしまいました。 ショップやブリーダーといった方とは縁遠くなっていましたし、 放流や購入を問題視している私が聞いたところで、放流した場所を教えてくれるわけもないでしょう。 中国産を放流したという場所と、このインターネットにある場所が、同一なのかとても気になるところです。 ヒナモロコの繁殖力から考えて放流するとそれなりに増える魚と思われますので、 死滅放流になっている可能性は低いのではないかと予想します。 九州ではヒナモロコ捜索をしたとされるのにも関わらず1箇所しか報告がありません。 放流したと思われるのは1991〜1993年で、自然界では絶滅と思われていたのに発見されたのが1994年です。 様々な事情から考えて放流された中国産ヒナモロコを発見された可能性が出てきました。

●中国産の可能性
私が購入した当時は高価だったヒナモロコですが現在は1尾500円を切っているところも見かけます。 容易に増えることと輸入が出来るからだと思います。 「川魚 完全飼育ガイド」という本にも「近年は国外産の個体が数多く流通しており、 今後遺伝的な撹乱が心配される」とあります。ここでも国外産の流通が指摘されています。 2003年に「Ichthyological Research誌 50巻1号」の中に、1982年と1994年にそれ ぞれT町から採集されたヒナモロコ集団の遺伝的多様性が調べられています。この論 文の解釈は私には理解できないため、向井貴彦さんにお願いして当ページの草稿を読 んで頂いてから内容を要約して頂きました。「純淡水魚は地域間の違いは大きいが、 同じ産地の遺伝的変異は少なく、自然の状態でも個体数の増減によって近親交配となり、 多様性を失う時期を経ることが普通である。論文の中でもドジョウ、ドンコ、 カワヨシノボリなどと比較されているが、ドジョウ以外はそれほど多様性がない。 しかし1994年採集のヒナモロコ集団は外国の事例と比べても多様で、 野生では絶滅したと思われていて、ようやく再発見されたわずか1箇所の集団が、 多様性に富んだものだったとはとても考えにくい。 T町のヒナモロコは、観賞魚として流通した中国産ヒナモロコではなかろうか。」とのことです。 遺伝的多様性の面においても自然集団由来を否定する可能性が示されてしまいました。 また、「遺伝的に多様な理由として、中国産ヒナモロコを輸入した時に 複数の産地由来の集団を混ぜたことも考えられる」とのことです。

●在来魚なのか移入魚なのか
1994年に発見されたヒナモロコは現在では天然記念物であり、放流したり里親事業などの保護活動が行われているようです。 もしも1994年産が中国産の場合、それは国外移入集団であり移入魚です。 逆に駆除対象として見ないといけない存在にすらなります。 同じ町から見つかったヒナモロコという種は、在来集団であるに違いないと信じて進んだところに根源がある気がします。 上記の内容は直ちに中国産であると決め付けているものではなく問題提起に過ぎません。 しかし、ヒナモロコを放流する活動に対しては、結果がはっきりするまで私は疑念を抱かずにはいられません。


当ページ作成にあたり、向井貴彦さん奥山英治さん川口さん貞蔵さん、 その他に多数の方々にご協力を頂きました。心から感謝いたします。
※このページは2003年3月21日に公開しました。主に撮影や取材は2003年1〜3月に行いました。 市町村合併や条例施行(2003年11月11日)など公開当時と現在は多少異なる内容があります。


参考・引用文献 ※不備がある場合は改めますのでお手数ですがご連絡ください。
生物多様性センター
岐阜県
緑の王国 たぬしまる町
YOMIURI ON-LINE 中部
岐阜辞典(岐阜新聞・岐阜放送)
□ 山渓カラー名鑑 日本の淡水魚 2版 川那部浩哉・水野信彦編 監修 山と渓谷社 1995.9.1
□ 日本の希少淡水魚の現状と系統保存 -よみがえれ日本産淡水魚- 長田芳和・細谷和海/編者 日本魚類学会/監修 緑書房 1997.8.30
□ 生物の科学 遺伝 2002年11月号 裳華房 2002.11.1
□ BE-PAL NO.262 4月号 小学館 2003.4.10
□ 水環境学会誌 第24巻5号-273 2001
□ 岐阜県の絶滅のおそれのある野生生物 岐阜県レッドデータブック 岐阜県 2001.3
□ レッド・データ・ブック 日本の絶滅危惧植物 日本植物分類学会/編著 農村文化社 1993
□ 川魚 完全飼育ガイド 秋山信彦・上田雅一・北野忠 マリン企画 2003.3.20
□ 改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 −レッドデータブック−4 汽水・淡水魚類 環境省自然環境局野生生物課編 財団法人 自然環境研究センター 2003.5
□ Kenichi Ohara, Motohiro Takagi, Yasuyuki Kaneko, Mamoru Takei: Allozymic variation in an endangered Japanese minnow, Aphyocypris chinensis Ichthyological Research 50 (2003) 1, 86-89